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スペイン語の「男女関係」の変化

更新日:2023年11月28日

インクルーシブ・ランゲージの流れを背景に



「男」と「女」がはっきりしているスペイン語


スペイン語を学習し始めた方が、日本語や英語とは違うなあ、と最初に感じるのは、すべての名詞が「男性」と「女性」(まれに中性もあり)に分けられていることではないでしょうか。


例えばlibro(本)は「男性」、mesa(テーブル)は「女性」。


この性別については、スペイン語の祖先であるインド・ヨーロッパ語の原型には、「動くもの」と「動かないもの」という2種類の名詞の分類があり、「動くもの」が男性名詞に、「動かないもの」が中性名詞と女性名詞になったなどとも聞きます。しかし、現代においては明確な基準はなく、あまり深く考えない方がよさそうです。


大まかな見分け法としては、-oで終わる名詞は男性、-aで終わる名詞は女性。


もともと性別のある名詞はその「性」になります。padre(お父さん)は「男性」、madre(お母さん)は「女性」。


名詞にかかる冠詞や形容詞も性の一致に従い変化します。el amigo cercanoは近しい男友だち、la amiga cercanaは近しい女友だち。(elは男性名詞にかかる定冠詞、laは女性名詞にかかる定冠詞、cercanoは近いという意味。女性名詞にかかる場合はcercana)



時代遅れのルール


詳しく説明するとキリがないので前置きはこれくらいにして、現在、「男性」と「女性」に関して見直しを迫られているスペイン語の文法上のルールに注目したいと思います。


そのルールとは「不特定多数のグループを指す際、そのグループに男性が1人でもいれば原則として男性形を使用する」というもの。例えば1人の男性の友達と99人の女性の友達がいるグループの場合amigosになります。


メキシコではこのルールが崩れて久しいです。現在では男女混合の友人グループに呼びかけるときは、通常amigas y amigosと女性形を先に加えます。この傾向は他のスペイン語諸国にもみられるようです。


このようなジェンダー(性差)に考慮した言葉をインクルーシブ・ランゲージと言います。


イギリスのコリンズ英英辞典の定義によると「特定のグループを除外する可能性のある狂言の使用を避ける言語」。ジェンダーの他、人種、年齢、心身機能なども配慮したものです。


男女均等が求められる現代において、インクルーシブ・ランゲージが浸透は顕著です。


新しいルール


メキシコの政府機関や教育機関でも、公式文書やコミュニケーションで男女で分けることを避けるインクルーシブ・ランゲージの使用が広く推奨されています。


例えばメキシコの選挙管理委員会INEのウェブサイトにはその使用例が詳しく掲載されています。


Los niños → La niñez  子供たち

従来は、niño(男の子)を複数形niñosにして、男性形の定冠詞をかぶせることによりniñas(女の子たち)を含む子供たちを表していたが、抽象名詞化されたniñezを使う。


Los directores → las y los directores   支配人達

女性形の冠詞を加える

従来は、dirrector(男性支配人)を複数形directoresにして、男性複数形の定冠詞のをかぶせることによりdirectoras(女性支配人)を含むとしていたが、女性複数形の定冠詞を加える。


Los que … → Quienes …   〜する人たち

従来は、複数の男性を表す関係代名詞をもって女性をも含む集合を表していたが、これを男女の区別のない中性の関係代名詞に置き換える。


また、メキシコではそれほど目立ちませんが、性差を無くそうと、oとaの代わりにx、e、@を使う動きもあります。

例えばtodxsは「全て」を意味する言葉で、本来はtodos(男性形)とtodas(女性形)として使われます。


amigo、amigaの場合、amigue、amigx、amig@に。amigueは「アミーゲ」と発音できますが、その他二つは発音できません。


これらは行き過ぎとの声も。メキシコ選挙管理委員会はこのような表記は正しくないとしています。


いずれにしてもインクルーシブ・ランゲージも流れは強く、大きいと言えます。



「男女関係」をめぐる攻防


スペイン語の最高権威とされる「スペイン王立アカデミー」Real Academia Españolaはインクルーシブ・ランゲージとして推奨される用法には否定的で、伝統的な用法が正しいと再三主張してきました。


しかし、最近では同アカデミー内でもインクルーシブ・ランゲージを支持する意見も出てきており、従来の姿勢は徐々に変化を余儀なくされているようです。(ヨーロッパプレス記事 2023-03-23)


筆者がスペイン語を学んだときは男性優位の原則(?)を叩き込まれたので、やたらに女性形を前に添える昨今の使い方にやや違和感を覚えていました。


しかしこの流れには逆らえない、と実感したエピソードがあります


とあるメキシコの有名校のミッション、ビジョン、バリュー改訂のための委員会に参加させていただいたことがあります。2016年のことです。討議していたミッションの文言の中にalumnas y alumnos(女子生徒と男子生徒たち)という文言が出てきたので、少し不自然と思い、スペイン王立アカデミーではそのような言い方は認められていないと意見しました。


ところが、メキシコ人の委員会メンバーにメキシコではこれが正しいと一蹴。討議の結果niñas, niños y jovenes(直訳すると女の子たち、男の子たち、若者たち)に落ち着きましたが、はやり女性形が前にきています。


ちなみに私はその改訂委員会の委員長を務めていましたが、委員長権限をもってしても微動だにしないインクルーシブ・ランゲージの強く、大きい流れを実感しました。


もっともインクルーシブ・ランゲージは、特にLGBTQ+コミュニティやジェンダー多様性を尊重する文脈で受け入れられており、受け入れの度合いは個人や組織によって異なるため、すべての人がこれらの言葉を使用するわけではありません。


しかし、その使用はの政治の場、教育の場では重視され、また国連内でも推奨されており(→国連Webページ)この流れは変わることはない思われます。


「男女」の区別がはっきるしているフランス語、イタリア語、ポルトガル語なども、スペイン語同様、その使用法においてインクルーシブ・ランゲージの流れに大きく影響を受けていることでしょう。


スペイン語においては「スペイン王立アカデミー」がいつまでこのような流れに「抵抗」していくのか、注視してゆきたいと思います。



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